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心の回診

第六十二回

 今年は、樹々の色づきが一際美しく感じた。実は私には黄葉の美しい秘密のスポットが数ヶ所ある。通勤途中の羊ヶ丘展望台通り、栄通りの向ヶ丘緑地はレンガの建物と共に一幅の絵のように美しい。家に帰る途中の桜山を背にした紅桜(べにざくら)通り(私が勝手に命名)等々・・・この景色を眺めながら、疲れた心が随分癒された。

 11月7日、パウロ病院では恒例の作品展が開催された。第12回目ともなると、作品にも創意工夫がなされ、会場は美術館さながらの華やかさがある。お見舞客も患者さんの力作の数々に目を引き留め、感動されている。

 12年前、夫が老人医療への志半ばで逝って、何をすべきなのか・・・迷いと不安の中で、私は心に風邪を引いたかのように萎えていた。

 ある日、病棟で、両足が膝下からなく、腕も短く動かない患者さんが、唯一動く右手のこぶしに鉛筆を握って、病室から眺める風景を点で埋めて描いていた。老いたお母さんが、鉛筆の芯を削っていた。「この作品をロビーに飾って皆に見てもらおう」・・・これが第1回、作品展の始まりだ。

 後日、私の部屋のドアの隙間から1枚のメモ用紙が差し込まれた。「息子が来年の作品に目標をおき描き始めました。ありがとうございました。老母より」と書かれてあった。嬉しくて泣いた。

 弱い私は時々心に風邪を引く。それは仕事の事ばかりではなく、家庭の中にだって心配事がある。夫がいてくれたらと何度も思う。落ち込んだ心を立ち直らせる特効薬などなかなかないものだ。でも生きるという事は、痛みを抱えながらなのが当然と悟れば、同じ痛みを抱えている人への優しさも育つのではないだろうか。今年の作品展の中に力強い筆文字の書がある。「老いからも死からもにげられぬ 今を大切に思い残さず生きむ 賢治」。何んとも味合い深い。
(医療法人中山会新札幌パウロ病院会長)