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心の回診

第四十五回

パウロ病院の関連施設「ケアハウス桜」には70名の方が入居されている。この施設を建ち上げる時、私は「明日が来るのが楽しみ」な施設にしようと心に決めた。

初めてのお正月を迎えた平成16年の新年会で、「人間の寿命は細胞学的に120歳まで生きる力を持っているそうです。80歳ならあと40年もあるので すって!」と話したところ、皆が目を輝かせて聞いてくれた。長生き願望が強い私が、ある講演でこの細胞レベルの生理寿命120歳説を知って、どれほど夢と 希望を持てた事だろう。「120歳を目指して頑張る人、この指止まれ!!」すると全員が私の指に止まってくれた。中でも嬉しかったのは最高齢者の98歳の さわさんも止まってくれた事だ。さわさんは両手で抱きしめると、私の胸の中にすっぽり入ってしまう小さな可愛いおばあちゃん。そのさわさんがある日、「聞 いて頂戴」と相談を持ちかけてきた。さわさんには長い間可愛がっている対(つい)の人形がいる。「最近女の子の人形が泣いて困るんだよ。私も年だからこの 子を残して行く事を考えると心配なの。その時にはあんたがもらってくれるかい?」それはつぶらな目をしたおかっぱ頭の姫だるま人形だった。私達はよく泣く という人形に「桜ちゃん」という名前をつけた。正直言って、さわさんの分身のようなお人形を引き受ける約束をするのには勇気がいったが、「さわさん、人間 は120歳まで生きる力を持っているのですって!だから大丈夫!!元気で幸せに生きましょう。でも安心してね。桜ちゃんは私がきっと可愛がるから」と指切 りした。

120歳まで頑張る事を約束したさわさんは、「不思議だねえ。桜ちゃんが泣かなくなったよ」という。 大好きなおばあちゃんが長生きできる事を知って、桜ちゃんも安心したのだろう。以来、さわさんの部屋を覗く度、私の事を「ほら、お母ちゃんが来たよ」と桜 ちゃんの背中には、さわさんの達筆な字で小さな紙が貼られている。「さわいなくなったら中山さんへ」と。

(医療法人中山会新札幌パウロ病院会長)